ダイオキシン類
ダイオキシン類とは?
ダイオキシン類(ダイオキシンるい、Dioxins and dioxin-like compounds)は、ポリ塩化ジベンゾパラジオキシン (PCDD)、ポリ塩化ジベンゾフラン (PCDF)、ダイオキシン様ポリ塩化ビフェニル (DL-PCB) の総称である。これらは塩素で置換された2つのベンゼン環という共通の構造を持ち、類似した毒性を示す。
ダイオキシン類は塩素を含む物質の不完全燃焼や、薬品類の合成の際、意図しない副合成物として生成する。
2,3,7,8-TCDDはダイオキシン類の中では最も毒性が高く、IARCにより「人に対する発がん性がある」と評価されている。マウスでの動物実験では催奇性が確認されている。
化学的性質
常温で、無色の固体。蒸発しにくく、水には溶けにくいが、油脂類には溶けやすい。他の化学物質、酸、アルカリなどと反応せず、自然には分解しにくく比較的安定した状態を保つ。大気のダイオキシン類測定にはガスクロマトグラフ質量分析法による高分解能のガスクロマトグラフ質量分析計が用いられている。しかし、紫外線により徐々に分解される。
800℃以上の高温での完全燃焼により分解可能であるが、300℃程度の温度で「デノボ合成」により再合成される。
発生源
ごみの焼却などによる燃焼や薬品類の合成に際して、意図しない副生成物(非意図的生成物)として生じる。過去においては、米軍がベトナム戦争で散布した枯葉剤の中に2,3,7,8-TCDDが不純物として含まれていたことは有名である。日本においても、PCBや農薬の一部に不純物として含まれて、環境中に排出されたという研究結果もある。
現在では、廃棄物の焼却処理過程においての発生が一番多く、その他、金属精錬施設、自動車排ガス、たばこの煙などから発生するほか、山火事や火山活動などの自然現象などによっても発生する。
一方で横浜国立大学の益永茂樹らは、過去に環境中に排出されたダイオキシン類として塩素系農薬、ペンタクロロフェノールおよびポリクロロフェニルニトロフェニルエーテル製造の副反応が主要な発生源であり、過去のこれらの農薬に不純物として含まれていたダイオキシン類が海に運ばれ魚を通じヒトに影響しているという推定を述べた。益永らによれば、この過去の排出の影響は現在の焼却過程によるものの4倍ほどとなっているという。
焼却炉や電気炉などの対策
800℃以上の高温での保持時間を長くし完全燃焼させ、300℃程度の温度の滞留時間を短くするため急速冷却し、活性炭により生成された微量のダイオキシン類を吸着しバグフィルターでろ過してから再加熱し大気中に放出している。また、灰や活性炭などは固化処理などを行いダイオキシン類や重金属類などの溶出を防止している。処理した固化物などは管理型最終処分場に埋め立て処分することが定められている。
家庭における非意図的な発生
塩素を含む薬剤、漂白剤などの使用。プラスティックや食品トレイの燃焼によって発生する。
毒性
一般毒性
急性毒性試験結果を見ると、致死毒性は、生物種差が極めて大きく現われる。感受性の最も高いモルモット(雄)の半数致死量は600ng/kgであるのに対してハムスター(雄)では5,000,000ng/kgである。すなわちモルモットとハムスターとでは半数致死量は8000倍も異なっている。その為ヒトに対する致死毒性量はよくわかっていない。また急性毒性の発現は雌雄差があり雌の方に毒性が現れやすい傾向がある。
2,3,7,8-TCDDに暴露したヒトや実験動物の事例よりダイオキシン類に暴露すると急性・亜急性に次の現象・症状が現れると考えられている。
1.体重減少(消耗性症候群)
2.胸腺萎縮
3.肝臓代謝障害
4.心筋障害
5.性ホルモンや甲状腺ホルモン代謝
6.コレステロール等脂質代謝
7.皮膚症状(クロロアクネ)
8.学習能力の低下をはじめとする中枢神経症状
ダイオキシン類の残留濃度が高い場合、糖尿病を発症するリスクが上がることが国外の研究[5][6]や、厚生労働省による研究で分かった。
台湾におけるPCDFの事例からは子供の成長遅延、知力の不足、頭蓋骨の石灰沈着異常、舟底踵、歯肉の肥厚、異物性結膜炎の水腫様の眼症状等が認められている。
遺伝毒性
実験動物(ラット、マウス及びハムスター)による長期毒性試験ではダイオキシン類の発癌性を示唆する報告がなされている。 ラットにおいては、Kocibaら(1978)が肝細胞の過形成結節及び肝細胞がん、硬口蓋及び鼻甲介、肺の扁平上皮がんの有意な増加を報告している。NTP毒性評価試験(1982)では肝の腫瘍結節(NOAELで1ng/kg/day)、甲状腺濾胞細胞腺腫(NOAELで1.4ng/kg/day)の増加を報告している。
ラット及びマウスの肝臓、肺と皮膚の二段階発がんモデルによるとダイオキシン類のプロモーター作用が認められ、EGF受容体及びエストロジェン受容体との相互作用の関与が示唆されている。このような2,3,7,8-TCDDには間接的なDNA障害は認められるが、直接的な結合〈記事 インターカレーションに詳しい〉は認められないと考えられている。 各種の変異原性試験等においても陰性を示す結果が多く、ダイオキシン類自体がDNAに影響を与える遺伝毒性はないものと総合的に判断される。また、ダイオキシン類のプロモーター作用と併せて考慮すると2,3,7,8-TCDDの発がん機構には閾値があり、一定量以上の存在が作用発見に必要であることが示唆される。
WHOの下部機関であるIARCは1997年に2,3,7,8-TCDDの発がん性評価を「人に対する発がん性がある」とした(IARC発がん性リスク一覧・Group1に詳しい)、その一方、2,3,7,8-TCDD以外のダイオキシン類についてはGroup3(ヒトでの発がん性の有無は不明)と評価している。
生殖毒性
ベトナム戦争時の枯葉剤に2,3,7,8-TCDDが副産物として含まれており、散布地域での奇形出産・発育異常の増加に対し、2,3,7,8-TCDDの催奇性との関連が取り上げられる。ただし、ダイオキシンによる催奇性はマウスでの実験においては確認されているものの、ヒトへの実験は不可能のためヒトに対する催奇形性は未確認である。
セベソでのダイオキシン類暴露事故後のある限定的範囲の疫学調査では、高汚染地域の14年間の198人の出生のうち奇形児は0人である。 同調査では、事故後はじめの7年間(2,3,7,8-TCDDの半減期にあたる)では、出生数が男児26人に対し女児48人であり、男児の出生低下が確認された。次の7年間では男児60人に対し女児64人であり、既に有差はない。こうした調査は実際に被曝した人的地理的範囲に対し調査対象数が少なく調査地域の選定も不明な点が多く、注意が必要である。
セベソでは事故翌年4~6月の妊婦の流産率は34%となった。また、周辺地域では癌発生率の増加、家畜の大量死、腫瘍、奇形出産などが報告されている。
PCB及びPCB加熱から生じたPCDFが混入した台湾油症の事例からは子供の成長遅延、知能低下、運動機能の発達遅延、皮膚の黒皮化などが報告されている。
2,3,7,8-TCDDの生殖毒性は動物実験で胚や胎児の段階で強く現れることが知られており、代表的な催奇形性としてマウスにおける口蓋裂、水腎症などがある。動物実験で妊娠中及び授乳中の2,3,7,8-TCDDの暴露による仔の生殖機能、甲状腺機能、免疫機能への影響が低レベルで認められている。ラットを用いた3世代実験ではF0世代では100ng/kg/day、F1及びF2世代では、10ng/kg/dayより妊娠率の低下、出生仔の低体重及び性周期に影響を与えると考えられている。
生殖に影響するダイオキシン類レベル(NOAEL)はラットの3世代実験に基づくと1ng/kg/day程度、アカゲザルのデータに基づくと0.126ng/kg/day程度推定される。Mablyらによると64ng/kgのダイオキシンを含む飼料の一回投与した際に付属生殖器官の重量、精子形成の減少が見られたと報告している。これらの作用は2,3,7,8-TCDDが酵素の誘導、成長因子、ホルモン及びそれらの受容体の変化を通して、通常のホメオスタシスとホルモンバランスを変化させ、内分泌攪乱因子としての作用を及ぼしている為と考えられている。
免疫毒性
動物実験では2,3,7,8-TCDDは未熟な胸腺細胞の減少を伴う胸腺の萎縮を生じさせることが知られている。マウスへの2,3,7,8-TCDD単回投与試験の結果では、NOAELが5ng/kg/dayで、ウイルス、細菌、寄生虫に対する感染防御機構が影響したと考えられる致死率増加や寄生虫排除の遅れが見られ、抗体産生の抑制や、リンパ球量の変動が見られた。、妊娠マウスへの2,3,7,8-TCDD投与により新生児マウスの胸腺細胞数の変化を示す結果もえられている。
ヒトに対する2,3,7,8-TCDDの免疫毒性は疫学調査でT細胞レベルの変動を示唆する報告があるが、詳細はよくわかっていない。
有毒説、無毒説
一部にダイオキシンが有毒であるという根拠が科学的ではないとする論議がある。この議論の根拠は、ダイオキシン自体の毒性は極めて高いものの、焼却されるごみの総量に比べて生成されるダイオキシン量がはるかに小さいことに基づいている。また、生成されるダイオキシン量が焼却されるごみの総量に比例しないという研究報告にも基づいている。[要出典]セベソでのダイオキシン類暴露事故においては、当日の家畜大量死、翌年の流産率の急増、女子出生への偏りなどが報告されたものの、事故直後では人間の死者と奇形出産が出なかった事から、対人間無毒説の根拠とされる。
また、当初はダイオキシンの高い急性中毒性について議論されていたが、いつの間にか慢性毒性や発がん性に話がすり替わっているというような、研究者の非科学的態度もダイオキシンが有毒であるという論への懐疑的要因である。
ダイオキシン類の毒性発現機序は低濃度ではおもにアリール炭化水素受容体 (arylhydrocarbon receptor) と結合することで発現すると考えられている。ダイオキシン類とアリール炭化水素受容体との親和性は種差があることが知られており、ヒトのアリール炭化水素受容体とダイオキシン類との親和性は他の動物に比べ低いことから、ヒトがダイオキシン類の毒性について感受性の低い根拠の一つになっている。しかし実験動物では進んでいるものの、ヒトにおける発癌性・内分泌攪乱作用とアリール炭化水素受容体の役割について詳細には判明していない。
一方、アリール炭化水素受容体を介さない毒性発現も存在すると考えられており、おもに高用量での毒性発現と関係していると考えられている。
実際にダイオキシンが毒殺目的で人間に大量に与えられた事例があり、有名なところでは大統領候補だったヴィクトル・ユシチェンコの毒殺未遂事件がある。しかし、皮膚に湿疹などの異常がでたものの、実際にダイオキシンの大量摂取で死亡した人間はいない。ダイオキシンの高い急性中毒性については毒殺事件という形での人体実験によって否定される結果になっている。
一般環境中に蓄積されているダイオキシン類の対策
一般環境中に放出されるダイオキシン類は大きく減少したが、過去に製造されたダイオキシン類は土壌や底質に蓄積されている。底質に蓄積されたダイオキシン類の本格的な処理が進展しておらず、早急な対応が求められていることを国土交通省が「底質ダイオキシン類対策の基本的考え方」で認めている。このように底質汚染対策が遅れているためダイオキシン類等の汚染物質は徐々に拡散しており、自然環境や水産に影響する範囲が拡大している。
土壌
環境省は土壌の環境基準(1,000pg-TEQ/g以下但し、250pg-TEQ/g以上の場合には、必要な調査を実施すること)を定めているが土壌汚染対策法の指定基準には定めが無い。なお、大阪府等の自治体は独自に条例を設けてダイオキシン類の調査・対策の手順を定めている。 ダイオキシン類は、木材などに含まれるリグニンという成分と分子構造が似ている。このため、リグニンを分解する酵素群を持つ白色腐朽菌等を使用してダイオキシン類に汚染された土壌を浄化するバイオレメディエーション技術が研究されている。
底質
ダイオキシン類は河川や港湾の底質に多く蓄積されており、アナゴなどの水底で棲む魚介類のダイオキシン類濃度が高いことを農林水産省等が発表している。また環境省は底質暫定除去基準値以上のPCBを含む底質を除去するように政令で通達している。また、底質ダイオキシン類の環境基準(150pg-TEQ/g)を定めており、環境基準を超過する底質は、可及的速やかに対策を講じることが行政の目標である。
ダイオキシン問題
過去に、どんなものを燃やしてもダイオキシンが発生すると騒がれたが、ダイオキシン類は塩素を含む物質が不完全燃焼したときに発生する物質である。またその発生量は、燃やした物質に含まれる塩素濃度が0.1~50%程度の場合は濃度にはほとんど関係なく、燃焼条件で決定される。
日本でのダイオキシン問題
日本では1997年に豊能郡美化センター(能勢町、豊能町)の敷地内とその周辺で高濃度のダイオキシンが検出され社会問題となった。詳細内容については「豊能町#ダイオキシン問題」の項を参考のこと。
また、日本におけるダイオキシン汚染原因の一つとして特定の農薬の使用が指摘されている。特に水田除草剤に使用されたPCP、土壌殺菌剤PCNBなどには不純物としてダイオキシン類が含まれており、日本全国で汚染があったと推定されている。
1999年にダイオキシン類対策特別措置法が制定されて対策が行われた。現在はPCPなどの使用は禁止されており、汚染は徐々に減少しているものと考えられる。
日本での底質ダイオキシン問題
埼玉県古綾瀬川、静岡県田子の浦、千葉県市原港、富山県富岸運河、和歌山県海南地区、大阪府河川や港湾、福岡県洞海湾等で底質環境基準を超過するダイオキシン類が検出され国土交通省や各自治体が対応に取組んでいる。